六本木ヒルズからの七転八倒

【乗打編71】それぞれの、チャラ

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「逆じゃないですか?さっきの一万円」

私は二人の間で人差し指を左右に振った。阿久津さんは黙ってうつむいたままだ。隣の大神田さんは「何言ってんだ、コイツ」と言わんばかりの顔で、顎のあたりをさすっている。私は構わず続けた。

「阿久津さん、午前中はなかなかビッグ引けなくて苦労してましたもんね。ビタ押しが見れなくてヤキモキしましたよ。それでも最終的には『チャラ』にしちゃうんだから、大したもんですよね」

私が核心に迫ると、阿久津さんは一瞬だけ眉間を絞り、ゆっくりと目を閉じた。

「僕も数えてたんです、阿久津さんの投資金額を。阿久津さん、今日、ちょうどチャラですよね?」

阿久津さんの眉の間に、その年令には不相応な深い溝が刻まれた。大神田さんは顎にあてた手を止め、目を丸くして阿久津さんを呆然と見下ろしていた。

「正吾……えっと、どういうこと?」

阿久津さんの件は何も伝えていなかったので、裕子は事態を飲み込めていないようだ。せめて阿久津さんの方だけでも何事もなく終わればよかったのだが。私は裕子の目を見て、小首を傾げた。これは、私の正直な感想でもあった。

「阿久津さん、どうしてなんですか?投資額減らして……」

「やめて……」

流れ始めた車の波にかき消されそうな、小さく、か細い声が、私の心臓に突き刺さった。

「もう、やめてください。行こ……」

そう言って阿久津さんは、唖然としたままの大神田さんの腕を掴んで歩きはじめた。

「ちょ……恵!」

裕子の声に、阿久津さんは顔だけ振り返り、少し口の端を上げた。だが、その顔はすぐに表情を失った。二人はあっという間に夜の街に飲み込まれていった。

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長崎 正吾

  • 名前:長崎 正吾
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  • 1978年生まれ。34歳の夏、職を失う。20代の頃にスロットで生活していたことを思い出し、フラリとホールへ舞い戻る。そのままスロット生活者へ。基本的にはジャグラーシリーズのみを打つスタイル。スロットで糊口を凌ぐ傍ら、iPhone/Android向けアプリ「ジャグラーで喰う技術1&2」をリリース。

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