六本木ヒルズからの七転八倒

【人魚編08】「まだまだ出るッスよ!」

人生初のビッグボーナスを消化し終えた私は「ふぅ」と大きく息をつき、マッサージするように右肩を揉みほぐした。

下皿にはおよそ400枚のコインが吐き出されていた。ということは2000円の投資で約8000円分のコインを確保したということか。そう考えると、もうここでヤメてもいいんじゃないかという考えが一瞬よぎった。

「まだまだ出るッスよ!頑張ってください!」

そんな考えを見透かしたように、堀口が私の尻を叩いた。確かにそうだ。前回の堀口は、私が撤退するまでの僅かな時間で、4回ものビッグボーナスを引いていたのだから、その言葉にも説得力もある。それ以前に、私はまだまだこの人魚と戯れていたいのだ。

「そ、そうだよね。良し!」

一瞬の気の迷いはあったものの、私はカブトの緒を締め直して、ベットボタンを三回叩いた。

ここで、今まで空席だった堀口の左隣に白髪の老人が座った。その老人は台の上にポンっと新聞らしきものを放り投げ、慣れた手つきで千円札をコインサンドに滑り込ませた。

スロットは若者だけの遊びではないのだな、などと思いつつ店内を見回すと、開店して20分足らずではあるが、いつの間にかかなりの活況を呈していた。

プチマーメイドのシマも空席は2割程度、ジャグラーのシマに至ってはほぼ満席といった状況。
 
前回来たときよりも遥かに多い客の数に少し驚いていると、隣の堀口が私の心の中を読んだかのように、その答えを教えてくれた。

「今日、土曜ッスからね!競馬の客が流れて来るんスよ!」

なるほど。ここ水道橋といえば後楽園。後楽園といえば場外馬券売場「WINS」がある場所だ。私も何度か足を運んだことがあるが、G1レースの開催日ともなれば、立錐の余地もないほどだった。

今日は大きなレースも無い土曜日ではあるが、堀口の言うとおり、かなりの客が流れて来るのだろう。そう言われてから改めて周りを見回すと、台の上に競馬新聞を置いて遊技している客がかなりいる。

「昼前には満席になるッスよ!こういう日ってあんまり出ないんスけどね!」

「え……出ないの?」

さらりと衝撃的なことを言ってくれるじゃないか。たった今「まだまだ出るッスよ!」と言ったその言葉は嘘だったのか?堀口の適当さを再確認すると同時に、「あんまり出ない」という言葉の方が嘘であることを切に願いながら、少し力を込めてレバーを叩いた。

ほんの数分前に神々しく光り輝いたピンクの貝殻は、今はパネルと完全に同化し、その存在感を失っていた。この下皿にあるコインでもう一度あの感動を体験できるだろうか。

そんな不安を汲んでくれたわけではないだろうが、その時は、意外にもあっさりと訪れた。

→NEXT【人魚編09】ものすごく損した気分だ

  • 競馬の客が流れて来るんスよ!競馬の客が流れて来るんスよ!

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長崎 正吾

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  • 1978年生まれ。34歳の夏、職を失う。20代の頃にスロットで生活していたことを思い出し、フラリとホールへ舞い戻る。そのままスロット生活者へ。基本的にはジャグラーシリーズのみを打つスタイル。スロットで糊口を凌ぐ傍ら、iPhone/Android向けアプリ「ジャグラーで喰う技術1&2」をリリース。

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