六本木ヒルズからの七転八倒

【初打編13】「先に帰るわ」

「堀口、悪いけど先に帰るわ」

ちょうど十人目の夏目漱石がコンドルの餌になったところで、堀口にそう伝えた。

「マジっスか!? そうッスねぇ、確かにその台はダメかもしれないっスねぇ」

造作なく引いた四度目の大当たりを消化しながら、堀口はそう言った。その顔には、自分が誘ったにも関わらず満足いく結果を出してやれなかったことへの申し訳無さが滲み出ていた。

「今日はツイてなかっただけッスよ!また誘いまスよ!」

「そうだね、じゃあ明日『ライズ』で」

そう言って、私は『スロット デルタ』を後にした。

時刻は午前11時。店の外に出ると、すっかり日が昇っていた。慣れていないせいだろうか、僅かに耳鳴りが残った。私は右肩のコリをほぐすように軽く伸びをしてから、水道橋駅へと歩を進める。

駅へと歩く道すがら、すれ違うサラリーマン、楽しそうに談笑する学生、笑顔で接客するファーストフードの店員。市井の人々は、それぞれの『日常』を生きていた。

こうして『日常』に同化することで、はたと気がつく。私は僅か1時間程度ではあるが、間違いなく『非日常』の中に身を置いていたのだ、と

100人以上の人間が一斉に店内へなだれ込む。千円札がわずか50枚のコインに変わってしまい、それが数分の内に消えてしまう。かと思えば、たった一度の幸運で、8000円分ものコインを得られる。渦中にいると麻痺してしまいそうだが、その渦の外から見れば、明らかに『非日常』だ。

正直なところ、『スロット デルタ』から外に出る瞬間までは「もうスロットなんてやらない」と思っていた。しかしどうだろう。『日常』の中に引き戻されると、とたんにあの『非日常』が恋しく思えてきたではないか。

駅へと続く横断歩道を渡る直前、歩行者用の信号が点滅を始めた。早歩きすれば十分に渡れるタイミングだったが、私は歩みを止めた。

――もう少しだけ打っていたら、当たってたかもしれないなぁ

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  • もう少しだけ打っていたら……もう少しだけ打っていたら……

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長崎 正吾

  • 名前:長崎 正吾
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  • 1978年生まれ。34歳の夏、職を失う。20代の頃にスロットで生活していたことを思い出し、フラリとホールへ舞い戻る。そのままスロット生活者へ。基本的にはジャグラーシリーズのみを打つスタイル。スロットで糊口を凌ぐ傍ら、iPhone/Android向けアプリ「ジャグラーで喰う技術1&2」をリリース。

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