六本木ヒルズからの七転八倒

【師弟編105】「帰れ」

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「あ、いた」

『トヨタ』の前に並ぶ列の最後尾付近に木部の姿を見つけると、私は右手を上げた。すると、木部もすぐにこちらに気がつき、手を振り返してきた。だが、木部の視線が私から僅かに横に逸れた瞬間、木部の手の動きが止まった。

「なんで……みゆがいるんですか?」

木部は五十嵐さんを指差しながら、私に尋ねた。私は首をすくめて手のひらを上に向けるポーズを取って「さぁ?」とだけ答えた。

「アタシが教えたの。木部っちが今日ここで朝から打つって。そんで、目標まであと1000枚ちょうどだってことも……」

裕子が低く落ち着いた声で言った。木部は大きなため息をついた。四人の間に短い沈黙が流れる。ホームレスがダンボールを引きずる音が聞こえる。木部は手に持っていたパチスロ雑誌を脇に挟み、五十嵐さんの目を真っ直ぐ見据えた。

「帰れ」

吐き捨てるように言った木部の唇は、小刻みに震えていた。温和で、良い意味でちゃらんぽらんな性格の木部の口から発せられた冷たい言葉に、私はひどく驚いた。

二人の関係性――というより、木部の五十嵐さんに対する想いは、私と裕子が思っている以上に冷め切ったものだったのかもしれない。

「イヤだ」

先日までは大人っぽい印象しかなかった五十嵐さんの口から、駄々っ子のような言葉が漏れ出した。木部の前でだけ見せる一面なのだろうか。

「こんなとこ来て何するつもりだよ。先輩と他の客の迷惑になるから帰れって」

木部は冷静に、且つ冷たく返した。私はこのままではラチが明かないと思い、裕子に目配せをした。裕子は悲しげな顔でこちらを見返した。私は小さく頷いた。

一旦この場を収めようと、木部と五十嵐さんの間に割って入ろうとした時、五十嵐さんが静かに口を開いた。

「わたしもスロットやりに来ただけだもん。何がいけないの?」

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長崎 正吾

  • 名前:長崎 正吾
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  • 1978年生まれ。34歳の夏、職を失う。20代の頃にスロットで生活していたことを思い出し、フラリとホールへ舞い戻る。そのままスロット生活者へ。基本的にはジャグラーシリーズのみを打つスタイル。スロットで糊口を凌ぐ傍ら、iPhone/Android向けアプリ「ジャグラーで喰う技術1&2」をリリース。

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