六本木ヒルズからの七転八倒

【師弟編158】聞こえない『払い出し音』

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木部の下皿には約500枚のコインが群れをなしている。それを手懐けるように揉みほぐし、右端に寄せ詰めていく。まるで「まだ空きがあるぞ、もっと出せ」と台にアピールしているようだ。

通常ゲームに戻ると、さっきまでとはうって変わって何の演出も起こらない、静かな機種へと変貌を遂げてしまっていた。レバーを叩く木部の手に少しだけ力が入っているように見えた。

「一旦戻ろうか」

私が裕子と五十嵐さんに声をかけると、裕子が口を尖らせた。

「なんでよ?せっかくなんだから128ゲーム抜けるまで見ていけばいいじゃん」

「たしかにそうなんだけどさ、あんまり長時間、席を離れているのもマズイでしょ。空き台確認で呼び出しとかされちゃった恥ずかしいじゃん」

裕子は口を尖らせたまま片眉だけを下げた。だが、考え直してくれたのか、隣の五十嵐さんに耳打ちをした。それを聞いた五十嵐さんは私の顔を見て二三度頷いた。

私はその旨を伝えようと木部の座る椅子の背もたれに手をかけ、耳元に顔を近づけた。

「俺ら、一旦戻るわ。でもちょっと回したらまた俺は戻ってくるから、それまで連チャンして粘っといてくれよ」

それを聞いた木部は、名残惜しそうに眉尻を下げた。木部にとっては一ヶ月を費やしたスロプー生活の集大成でもある実戦だ。なんだかんだ言ってもやはり見届けて欲しかったのだろう。

「大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから。そんな顔すんな」

私は木部の肩を軽く叩いた。木部は五十嵐さんと裕子の顔を見て小さく顎を引いた。

その時、木部の台の5thリールが動き、『ベル』が出現した。まったく期待できない演出に、木部は無造作に停止ボタンを押した。私もリールから視線を外し、女性陣二人に目をやり、腰を伸ばした。

だが、聞こえなかったのだ。

本来聞こえるべき『払い出し音』が、聞こえなかったのだ。

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長崎 正吾

  • 名前:長崎 正吾
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  • 1978年生まれ。34歳の夏、職を失う。20代の頃にスロットで生活していたことを思い出し、フラリとホールへ舞い戻る。そのままスロット生活者へ。基本的にはジャグラーシリーズのみを打つスタイル。スロットで糊口を凌ぐ傍ら、iPhone/Android向けアプリ「ジャグラーで喰う技術1&2」をリリース。

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